<よみレポ>♢V.T.R.:辻村深月
「中高生からの絶大な人気」を誇るが「いつか抜ける」と言われている「チヨダコーキ」の世界を体験できる。
前提として、「V.T.R.」は辻村深月さんの「スロウハイツの神様」内の登場人物である、小説家の「チヨダコーキ」のデビュー作という設定になっている。いわば“小説内の小説”なので、スロウハイツの神様を読んでいないとほとんど楽しめないと思う。
痛いほどに厨二心に刺してくるような作風がまざまざと描かれている。舞台は「マーダー」と呼ばれる殺し屋のみが殺人を許される世界。
登場人物はイニシャルになっていて、主人公のTはマーダーと言われる殺し屋。かったる気な気性で女にだらしがなく、ただ銃の腕は超一流-「いかにも!」という感じ
もう一人の主人公的存在Rも殺し屋で、他にも失明したカフェ店員やら、銃工場の職人やら、引き込もりの箱庭療法士やら、特徴だらけの人物ばかり。
そこに売春騒動だったり、害のない麻薬がはびこっていたり、ロボットとの共存がえがかれていたりなど、クラクラするような「俺の考えた世界」が広がっている。
一見、外側のあらすじは荒っぽいが、登場人物の思い、問題の根底にある事情など、中身は非常に練られていて、現代社会に通ずるところがチヨダコーキの世界観なのだろう。
文章の表現方法もやや独特で、特に主人公の、セリフの後にはたびたび皮肉めいた独り言が書かれており、つながりがわかりやすくなっている反面、読む人にとってはむずがゆくなる。そういったところが、大人になっていくにつれて「抜けていく」要因の1つなのかもしれない。
作者はチヨダコーキなのだが、最後の圧巻のどんでん返しはやっぱり「辻村深月」の作品なのだと思わされた。もっと立ち止まって注意深く読めていたら事前に予想できたのかもしれない。ただオシャレなだけで人物名をイニシャルにしていたのだと思っていたのに…ミステリーではないのに、とっても悔しい。
終わり方は結構雑で、全然問題は解決されない。しかし、そもそもチヨダコーキを体験するためのスピンオフ作品であるし、彼のデビュー作であるということも考慮すれば、別に批判することではない。
このレポがやや否定的に書かれているということは、私も「抜けた」側の人間になるのだろうか。大人になると、青春時代の後先考えていなかった行動を思い出しむずがゆくなる感じを想起させる。とはいえ、チヨダコーキの世界観を楽しむにはもってこいの作品であり、スロウハイツの神様が好きなら読む価値は大いにあると思う。