<本レポ>♢スロウハイツの神様:辻村深月
繋がりの連続性が交差し、深みをもたらす-
辻村深月著「スロウハイツの神様」端的に言って非常に好みの作品だった。作者の辻村さんに最近はまっている一環で本書を手に取ったが、ますますファンになった。
「スロウハイツ」というアパートでルームシェアをする人々の物語。この「スロウハイツ」は「現代版トキワ荘」のようで、住民は脚本家、小説家などクリエイターと、漫画家の卵、映画監督の卵、画家の卵など、クリエイターを志す者たちが集っている。
中心人物は脚本家の「赤羽環」と、小説家の「千代田公輝」。スロウハイツで巻き起こる事件によって住民たちの関係は変化していき、過去に起きた大事件の真相、登場人物が起こす行動の裏にある本当の理由が次々と明かされていく。
前半は伏線を張り、後半に怒涛の回収がなされる。読み進めると「えぇ!」と思わず声が出てしまうようなことが多々起きる。しかし前半は伏線を張るための、ただの日常かといえばそういう訳ではなく、住人の入れ替わりや恋愛要素などオーソドックスなシェアハウスものとしても楽しめる。
個人的に甘ったるい恋愛や、理想的過ぎてあり得ないような突飛な恋愛には辟易してしまうが、この作品にはそういった要素はない。あくまで“クリエイター”として夢を追うか、“ひとりの人間として”の幸せを求めるか、という葛藤に揺れ動く様が書かれており、ここに面白さを感じる。辻村氏は感情の揺れ動きを言語化するのが非常にうまいと思う。「この、何とも言えない感情」を的確に言語化してくれる。かといって全てをつまびらかにするとつまらなくなってしまうが、そういったこともない。心情の言語化のバランスが絶妙で、創作ではあるがリアルで、だからこそ登場人物が魅力的に映える。ここが辻村氏を好きになった大きな理由でもある。
私はクリエイターではないので、作品を生み出す苦労や葛藤は計り知れない。だからこそ尊敬の念が生まれるし、それほどにまでなって情熱をささげようと打ち込めるものがあるのはうらやましくも感じる。そんなクリエイターの一端を垣間見ることができるのも良い。
スロウハイツの神様は上下巻あり、合わせて800pはある。分厚く長い小説だと思ったが、続きが、特に後半が気になって仕方なく、あっという間に読み終わってしまった。結末は、人にもよるが疑問点はあまりなく、すっきりと完結している。「結末は読者にゆだねる」的なものではなく、考察班の記事を漁って読む必要も基本的にはないと思う。まさに王道の小説といえるのではないか。
正直まだ理解しきれていない部分もあると思うので、また読み返す日もそう遠くはないだろう。